デートの風景







side Boys

「あの、話は変わりますが」
「なんだ」
「デートしませんか?」
「…………」
「……そんなに露骨に嫌そうな顔をしなくてもいいじゃないですか」
「デートとか言うんじゃない」
「恋人同士が二人っきりで出かけることをデートと言うのでは?」
「いや、だからな……ああもういい、で?」
「はい?」
「だから、どっか出かけたいんだろ? どこに行きたいんだ」
「え」
「……なんでそんなに驚くんだ」
「いえ、了承されるとは思っていなかったので、少々予想外だったまでです」
「なんだそりゃ」
「えーと、そうですね、定番としては遊園地とか」
「男二人で行くと実に寂しい絵面にならんか。遊園地に行きたきゃ某ねずみーらんどのパンフレットでも部室に放置してればハルヒが行きたいと騒ぎ出すんじゃないか?」
「あそこは何をするにも並ぶ時間が必要ですから、涼宮さん向きではなさそうですが」
「並ぶのも醍醐味だとか言いだしそうではあるが、どうだろうな。まあとりあえずそれは保留だ」
「そうしましょう」
「男二人でもそんなに見苦しくないと言えば、映画とかか」
「映画館ですか、なにか見たいものでも?」
「そうだな、なんかしらやってるんじゃないか? 妹に付き合ってアニメ映画を見に行ったばかりではあるが……まあこの年になってポケ○ンもないだろう」
「え、面白いじゃないですか、ポ○モン」
「…………」
「…………」
「よしわかった、来週はポケ○ン映画鑑賞だな、見に行こうじゃないか」
「いえっ、その、見たいというわけでは!」
「いーや、俺は決めたぞ。今年は何周年だ?」
「ですから……」






side Haruhi


それを見たのは偶然だったわ。家族で出かけることになったからSOS団活動を何も入れなかった休日だった。ちょっと離れた町までやってきて、移動してる最中の人混みで見つけたの。
向こうはあたしに気付いてなかったんだと思う。気付いてたら声かけてこないわけないものね。
なんで人混みの中で見つけられたかって、それはあたしが団長だからとしか言いようがないわ! そうよ、団長たるものどんなところでも団員の姿は発見できるくらいじゃなきゃね。
まあとにかく、見慣れた二人組が歩いていく姿を見たってわけ。
休日一緒に遊ぶほど仲良かったのかは知らないけど、まあ男同士だものあたしたちにはできない話もあるわよね。
でもあたしが声をかけなかったのは、家族を見られるのが恥ずかしいとかそんなんじゃなかった。
そりゃね、結構距離があったから面倒だったし、わざわざ町中で声かけたって二三言話しておしまいよ。
でも、なんか、なんかね。話しかけちゃいけない感じがした。
キョンが楽しそうに笑ってた。
古泉くんも楽しそうに笑ってた。
また部室でやるために買ったのか、古泉くんは大きいボードゲームを入れた袋を持ってた。
何個かみんなでやれるようなゲームも持ってきてたけど、結局二人でばっかりゲームしてるのよね。こないだなんか二人で延々とババ抜きしてたわ。途中からジジ抜きに変化してたみたいだけど。
ちょっと言ってくれたら一緒にやったっていいのに。みくるちゃんはたまに羨ましそうに二人がゲームしてるの見てたし、あたしだって誘われたらヒマなときにはやったっていいわ。有希は……本読んでる方が楽しいかもしれないけど、誘われれば楽しんでくれるはずだわ。そういう子だもの。
それでも二人とも飽きもせずゲームしてて、それが部室の風景の一つになっちゃった。みくるちゃんのメイド姿や、有希の読書姿なんかと同じくらいにね。
でもわかってた。ううん、今わかったのかもしれないけど。
別にね、団員間でそーいうことを禁止してたわけじゃないけど。もっといい相手がいたんじゃないの?
特にあれよ、キョンに古泉くんはもったいないわ。古泉くんはあたしの副団長なんだから! ん、でもそんなこと言ったらキョンだってヒラだけどあたしの団員よね。そう考えるとまあいいのかしら? さっきだってちょっとは絵になってた気がしなくもないし。
ああ、でも、もしかしたら……ううん、やめよう。もし、なんてあたしには似合わないわよね!
まったく、あんたたちが幸せそうだから許してあげるけど、本当だったら団長に報告しなかったってことで罰ゲームを与えてあげたいところよ。とりあえず来週は不思議探索ツアーに行くんだから、全部キョンと古泉くんに奢ってもらうことにしたわ。
いつかはちゃんと報告しなさいよ、いつになったっていいんだから。そしたら、あたしはとっくに知ってたわって言ってあげる。団長様を舐めるんじゃないってね!
だから、その時まで知らないことにしておくわ。
あたしは今日何も見なかった、ってね。
じゃあ、また明日学校で。






side Mikuru


今日は鶴屋さんと二人で映画を見に来ました。本当は二人とも受験生の夏だから遊んでいる時間はあんまりないかもなのですが、息抜きは必要だって鶴屋さんが誘ってくれたのです。
あ、でもあたしが大学に行くかどうかはまだわかりません。そのあたりは上の人からの指示を待っている状態です。でもどうなってもいいように、ちゃんと勉強はしてるんですよ。
鶴屋さんと映画を見た後はお買い物にも一緒に行くことになってます。鶴屋さんと遊ぶのも楽しいです。
今、鶴屋さんがあたしの分もチケットを買いに行ってくれているので、あたしは柱の近くで立って待ってます。一緒に来たときはいつもこうやってくれているのでちょっと悪いなと思うのですが、気にしなくていいよと言ってくれます。鶴屋さんはとても優しくていい人です。
何かの映画が終わったみたいで、ざあっと人が出てきました。人波に流されないように気を付けなくちゃ。
あれっ、あの人たちは――。
行っちゃいました。気付かなかったみたいですけど、あの二人はキョンくんと古泉くんでした……と、思います。
なんの映画を見てたんでしょうね。それにしても、お休みの日も一緒に遊ぶくらい仲良しだったなんて知りませんでした。仲がいいのはいいことですよね。
涼宮さんか長門さんどちらかと二人、という状態でお出かけしたことは市内探索の時くらいしかありませんけど、女の子三人でならお出かけしたことはあります。水着とかを買いに行ったり、ケーキバイキングを食べに行ったりとかはあんまり男の子とは行きませんものね。
あたしは、ほんのちょっぴりですけどキョンくんと古泉くんが羨ましいです。もちろん長門さんも。だってみんな自分にできることをちゃんとやってますから。あたしは……あたしは、できること自体が少ないです。だから羨ましいけど、それがもの凄くからちょっぴりになったのは、いつかきっとこのあたしじゃなくてもあたしがみんなの役に立つんだってわかったからです。キョンくんが言えないことを教えてくれた、だからあたしは少しだけ自信を持つことができました。
「みくるーっ、お待たせーっ」
「はい、ありがとうございます」
鶴屋さんからチケットを受け取って、立て替えてもらったお金を払います。
いつも鶴屋さんは見やすい席を取ってくれて、やっぱり鶴屋さんも凄い人だなと思うのです。
「なんかあった?」
「え?」
「んー、なんか嬉しそうな顔してっからさ!」
きっと、キョンくんと古泉くんが仲が良さそうで楽しそうだったのが嬉しいんです。顔にすぐ出ちゃうのはあたしの悪い癖だなあ。
明日、映画は楽しかったですかって訊いたら二人ともどんな顔をするかな。






side Yuki


土曜、休日。いつものように八時間の睡眠活動を取り、起床。朝食と呼ばれる時間帯に水分と熱によりでんぷん質を得た米と塩その他とともにつけ込んだ野菜を摂取。多少の栄養的損失を確認、昼食により補うことを設定。
この惑星に広く流布しているインクによって文字列を印字した無数の紙を束ねた書物――一般的に『本』と呼ばれ、娯楽あるいは教育に用いられる。興味深い――を読みとる作業を続ける。
十二時、昼食の時間を確認。冷蔵庫の中に本日必要な栄養を満たすための食材がないことを失念していた。この弓状列島で使用されている通貨が入った財布なる皮あるいは布でできた袋状の入れ物を携帯し、部屋を出る。七階分の移動を上下移動する箱に乗り、地上に立つ。そのままここから最も近く、また通い慣れたスーパーに向かう。スーパーとは食材・日用品などを総合的に扱う商店のことを指す。類義語としてデパート、コンビニエンスストアなど。
目的の場所まで五百二十四と半歩歩いて、聞き慣れた音声をセンサーが察知。一度横移動を止めて音声センサーを高感度に、視覚センサーを広範囲に作動。危険な状態ではない。
彼の声を拾い、続いて古泉一樹の声を感知する。彼に関しては各センサーが通常よりも感知速度が速くなることがあり、目下なんらかの異常がないかと検知中。原因不明。
「忘れたもんないか?」
「ええ、メモ通りならば恐らく」
スーパーの自動ドアから並んで歩いてくる二人を確認。あちらからこちらは見えていないことを確認。観察を再開する。
彼の右手には表面に文字が書かれた紙片が存在する。視覚ズーム、カレーと呼ばれるこの国の代表的料理の作り方であることを確認。
「カレーくらいなら作り方さえわかってりゃなんとかなるだろ……」
女性の手による筆跡であることから、彼の母親によるものであると推測。九十六・二三%の確率。
「あなたが作ったものならなんでも食べますよ」
「ほうそうか、だったらルーを五倍に入れてやる」
「それはちょっと……」
「つかお前も作るんだからな」
「もちろん、承知してますよ」
一連の会話から、涼宮ハルヒとの関連性は認められず。よってこれ以上の観察は必要ないものと結論づけられる。
この行為は一般的に出歯亀と呼ばれるもの。
――おい長門、そりゃデバガメじゃないか?
この言葉について検索した結果、メモリの中から彼の声が蘇る。センサーから聞こえるものと二重になり些少の思考停止へと繋がったが、許容範囲。
これ以上の観察行為は彼らとわたしにとって良い方向へは働かないと判断する。
よってセンサー類の感度を落と――
「長門みたいにカレー缶でも良かったんだが」
わたしの名前、正確には惑星上で数多使われている家族名、この国では名字と呼ばれるもの。その中の一つでわたしが使用しているものである。
彼の交友関係に同じ名字・音を持つ者はいない。またその後に繋がった言葉から鑑みて、彼はわたしを明確に指して話題に出したと理解。
――思考にノイズ発生、だがわたしはそれを消去する必要はないと判断する。このノイズはバグではない。バグではないとわたしは知っている。長門有希は知っている。
センサー類を通常モードへと移行、彼と古泉一樹が二十九メートル離れたことを確認し、再び目的を達するため歩き出す。
本日の昼食はカレーで決定。



End.





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